嘘つきの忠告

禁転載

「無理よ」
「え」
たまの休日の昼下がり。俺は、ぽかんと口を開いたまま固まってしまっていた。
向かいに座ってる魔女が、俺のことを馬鹿を見るみたいな目で見てる。
あったかい陽気のせいか、窓辺では長椅子でティナが昼寝してた。……ってお前、自分の友達の相手俺に押し付けんなよ!
そういうわけでルシアと二人でお茶飲んでるわけなんですが。
えーと…………無理って本当?
「無理に決まってんでしょ。普通の人間が魔女を殺すなんて。
 魔法士ならまだ可能性はあるけど。でもまず無理」
「えー、でも俺」
ちらっとティナの方を見る。奴は日向が気持ちいいのか、小さな寝息立てて寝っこけてた。最近ほとんど行動が猫だな。
でもあれで剣技教えてる時は真剣だし、よく食いついてくるんだよな。身体的な不利はどうしようもないが。
ルシアは俺の視線だけで言いたいことが分かったのか、呆れ顔になる。
「そりゃ、一緒に住んでりゃ油断もするし隙もあるわよ。でも敵としてっていうなら別。
 まず相手は攻撃範囲内に近づけさせないだろうし。転移とか浮遊使われたらどうすんの」
「あー」
確かに! 上空とかから魔法撃ってこられたら困る。俺、弓術得意じゃないしな。
じゃ、本当に俺じゃ魔女を殺せないのか。ちょっと現実を甘く見てたぞ……。
ルシアは持参してきた焼き菓子を手元で割る。
「近接戦闘で魔女を殺せるっていったら、アカーシアの剣士くらいね。アカーシア知ってる?」
「知らない」
「ファルサスって国に伝わってる王剣よ。あれは魔法を完全に無効化するから。いわゆる『魔法士殺し』って奴ね」
「それ、借りられる?」
「わけないでしょ、馬鹿」
馬鹿言うな! 確かにその通りだけどな!
いいもん。俺、長剣あんまり扱うの得意じゃないし!
……それより本当どうしよう。大見得切っちゃった以上、無理でしたとか言ったら暴力王女に殺されるぞ。
うん。それ以前に魔女に殺される気もするが。
真剣に悩み始めた俺に、ルシアはその辺にあった紙を丸めて投げつける。あの、それ俺の給金明細じゃないの?
「何、悩んでんの? 馬鹿じゃない? あんたにはアカーシアよりもっといいものがあるでしょうが」
「いいもの?」
何それ。
最近は毒刃も使ってないし、どの武器も普通だぞ。遠距離戦に使えるようなものはない。
きょとんとしてたら、ルシアは赤く塗った爪で窓の方を指差した。そこには小さな長椅子があって、猫みたいな奴が寝てる。
「あの子がついてる」
魔女の一人はそう言って妖しく微笑んだ。



同じ魔女って言っても別にそれぞれ仲がいいわけでも何でもないらしい。
ティナとルシアは仲いいけど、それって珍しい方なんだとさ。
で逆に、ティナと問題の魔女は仲が悪いらしい。そこまで仲が悪いのも珍しいんだとか、何だそれ。
何だかもうこんがらがってきたぞ!
「そこまで複雑な話はしてないじゃない。本当、馬鹿?」
「うっさいわ! 馬鹿馬鹿言うな馬鹿!」
「へー。私を馬鹿って言う命知らずは久しぶりね」
ぱちん、と指を鳴らされた。直後、俺の視界は逆転する。
ぐがががががが! また逆さ吊りかよ! でも逆さ吊りなんて慣れっこだからな! ざまみろ!
自信満々の顔でルシアを見下ろしてやると、魔女は「心底呆れた」という顔になった。
「何で勝ち誇ってんのよ」
「俺はこんなことでは屈しない!」
「下脱がせて晒し者にしてあげようか?」
「すみません。本当すみません。許してください」
人間の尊厳について、いいからもうちょっと考えてくれ!
ティナと一緒に暮らしてもう一年以上経ってるけど、さすがに全裸を見せたことなんてないぞ!
……うん、絵面想像したらどう考えても犯罪者だしな。それ以前に事故でも見せたら殺されそう。
顔の前で必死に両手振ってると、ルシアは逆さになってる俺を直してくれる。
えー、宙に浮いたままなのは変わらないんだけどな。下ろしてくれないの?
ルシアはお茶を啜りながら言い捨てた。
「とりあえずあっちの魔女は配下が多いんだから。ちゃんと露払いしてやんなさいよ」
「そっちは俺でも何とかなるの?」
「しなさいよ。無理なら死になさいよ」
「二極すぎる!」
助けてくれる気はなさそうだと思ったけど、助言する気もないのか、この魔女は!
俺が空中でバタバタしてると、ルシアは手元に何かを出現させた。
鞘に入った短剣。その柄を俺の方に向かって差し出す。
「何これ」
「貸してあげる。使うといいわよ?」
ひょっとして魔法武器か!
うわ、すっげ嬉しいかも。魔法武器って裏の世界でも手に入りくいし。
ようやく椅子の上に戻してもらった俺は、その短剣を喜び勇んで受け取る。
ルシアはお茶の最後の一滴を飲み干すと、カップを置いた。
「無闇に抜いちゃ駄目よ。必要な時だけにしなさい。危ないから」
「恩に着ます」
「じゃ、せいぜい頑張りなさい?」
ルシアはひらひらと手を振って、その場から姿を消した。
うーん、持つべきものは魔女の知人か? 俺は借りた短剣の鞘をまじまじ眺める。
中を確かめて見たいけど「無闇に抜くな」って言われたしな。とりあえず取っとこう。



後で目が覚めたティナに「それ本当に武器ですか?」と言われて短剣を抜いてみた。
うん……剣じゃなくて花束が生えてた。しかもかなり綺麗な。
ってふざけんな、ルシア! お前、これ本当にピンチの時に抜いてたらどうすんだよ!
とりあえず花は明日ダイナ嬢にプレゼントだ! お前にお礼は言わないからな! ルシア!