暴食の迷走

禁転載

こんにちは。俺、ルーヴィニスです。今日は戦場からこんにちはです。
……うん、ついに内戦勃発ですよ。
ここに至るまで色んな人の色んな苦労があったみたいなんですが、俺はそれを知りません。
大体「そろそろ戦になりそうだ」って話が増えてきて、最終的に現場へかり出されたって感じ。
っていうかもうね、布陣を見た段階で緊張でどうにかなりそうだった。
すっげいっぱい人いるし! 何これ! この国こんなに人いたんだ!
俺、あんま表に出たことないからな……人いっぱい落ち着かない。

一応これまでの間に、指揮の勉強もしたんだけど、もうさっぱりだった。
っていうか部下もみんなそれ知ってるから、俺が何か指示してもすっごく不安そうな目で見返してくるし。
やめろ! 俺だって不安なんだ! そんな目で見るな!
で、ティナをこっそり連れてってあいつの指揮をそのまま俺が言い直す、って案もあったんだけど……やめました。
いやだって、みんな俺が指揮駄目だって知ってるし! それなのになまじ出来ちゃって「次もよろしく」とか言われても困るし!
ありのままの駄目でいい…………そう思います。いやよくないけど。
というわけで、俺は将軍位ではあるけど本営の警備担当です。割り振った王女様、さすが。
今はちょうど一戦終えてお互いが軍を退いたところらしい。
敵軍が被害甚大らしいってのは分かる。イリス殿下が妙に生き生きしてるからな。あの人、本当に敵苛めるの大好きだな。
ただ普段は嬲り殺しが大好きな暴力王女でも、そう時間はかけてられないみたい。
内戦が長引いてるって分かると他国に介入されるからな。さっと叩き潰して、さっと収めたいところ。



暴力王女が雑木林の中に設置された天幕に戻ったんで、一旦警備を交代してもらった俺は林の裏の方を見て回ることにした。
表は何か落ち着かないし……刺客が来るとしたらこっちの方角が怪しいからな。
そう思ってぼんやりと辺りを警戒し始めてからしばらく。ふと俺は、遠くから近づいてくる足音に気付いた。
んー? 誰だろ? 敵か? 
念の為剣抜いて気配殺すと、木の影から音のする方を窺う。
そして―――― 俺はあんまりにも予想外な人物をそこに見て、つい絶句してしまった。吃驚しすぎて姿出しちゃったくらい。
おかげで相手もこっちに気付いたらしく、俺の顔を指差してくる。
「あ、こないだの焼き菓子と煮込み肉の貴方!」
「…………こんにちは」
あってるけど、そういう人の覚え方はどうなんですか、アマリア王女。
俺が気勢を挫かれて頭を下げると、王女についてきたらしい護衛の武官三人とダイナ嬢がそれぞれ苦笑した。



この国の個性的な王女姉妹。お互いの仲はかなりよいらしい。
年が離れてるせいもあって、イリス殿下はアマリア王女をえらく可愛がってるんだと。
で、妹の方は今回、何としても姉の晴れ舞台を見たい! と思ったらしい。晴れ舞台っていうか冷酷無比な指揮官なんだけど。
とにかく、そんなんでアマリア王女は「従姉妹の城に行く」って嘘ついて、ここまで来てしまったとか……。
凄い行動力だな! 城から馬で四日くらいかかるぞ、ここ!
思わず俺がげっそりしてると、王女が興味津々って目で聞いてきた。
「糧食はどのようなものがあるの?」
「…………」
やめて! あなたが食べ出したら糧食がなくなっちゃう! 補給担当が困るから!
っていうか食料も大事な要素の戦場に遊びに来るくらいなら、ちゃんと弁当を持参してください!
俺の内心の絶叫に気付いたのか、ダイナ嬢が持っていたバスケットを「こちらがございますので」と王女に示す。
どうやら中身はダイナ嬢の手作り弁当みたいだ。うわー羨ましい。俺の糧食と交換してくれないかな。
にしても、いくら裏の方ったって戦場は危ないですよ。こりゃさっさとイリス殿下に話通して帰るよう説得してもらった方がいいな。

―――― そんなことを考えながら俺が天幕の方に五人を案内している時、不意に耳の奥で気圧が変わるような違和感が沸き起こった。
俺は足を止め、一度は収めた剣を抜く。怪訝そうな顔をしているダイナ嬢に向かって、静かにするよう身振りで頼んだ。
違和感は既に消えてる。
でも俺、これが何だか知ってるんだな。これは、魔法士が近くで転移を使った際に起こる空気の歪みだ。
すぐにそれを証明する声が林の中から俺たちにかけられる。
女と男、一対の声だ。
「王女ってあれ? あれを殺せばいいの?」
「いや。あんな子供ではないはずだ。だが、殺しておいて悪いというわけでもないだろう」
木の影から現れた女は白髪だった。硝子を嵌めたみたいな両眼が不可思議な光を放っている。こいつ、人間じゃないのか?
もう一人の男は浅黒い肌に鮮やかな赤い髪。こっちも普通の人間じゃないっぽいな。雰囲気からしておかしい。
二人は俺を、正確には俺の後ろにいるアマリア王女を見た。
一瞬の間。
次の刹那、男の方が剣を抜きながら間合いを詰めてくる。
「下がれ!」
咄嗟に抜いた二振りの短剣。そのうち右手に持った方で、俺は男の剣を受け流した。
もう半歩を踏み込みながら左手の短剣を上げる。
けど男はその間に俺の腹を蹴ろうとしやがった。咄嗟に体を捻って攻撃をかわす。
ってかああああ、こいつ強いかも!
すぐ片付けて他の援護に回るって出来なそう! やばい!
視界の隅で、武官の一人が白髪の女に向かっていくのが見えた。女は手の中に白い炎を生む。こっちは魔法系か!
えーと、この国の人間には、対魔法戦闘が出来る奴ってまずいないんだ。これはちょっとまずいかも。
間断なく襲い掛かってくる長剣をさばきながら、俺は冷や汗を覚える。
ティナ! どこにいるんだお前!



一緒に魔女と戦う話になった時、ティナは「一つだけ約束して欲しい」って提案してきた。
それは「どんな状況であってもあいつの名前を呼ばない」こと。
これを破ったら、勝てても俺の立場が危うくなる。
あいつだって魔女だ。他の人間には魔女の違いなんて分からないだろう。
だから俺は、あいつを呼べない。



女の炎に焼かれた武官の絶叫が、林中にこだまする。
援護できなくて悪い。でも今の声で本営が気付いてくれることを祈る。
俺は男の足に短剣を投擲すると、相手が下がった隙を見て背後のダイナ嬢に囁きかけた。
「す、すみません。絶対何とかするんで、ちょっと待っててください……」
「はい。信じてます」
力強い声。
その声は、思ってたよりずっとずっと俺を支えた。
うん……今まで誰かを守って戦うなんてことなかったもんな。何か変な感じだ。
でも―――― 不謹慎だけど嬉しい。



「変わった剣の扱いだな」
赤い髪の男は、大して驚いた風もなく言う。
その長剣に注意を払いながら、俺は左手に新しい短剣を抜いた。
人を殺す為に用意した刃。毒刃を相手に向けて構える。



ダイナ嬢が俺を信じてくれるなら、同じだけ俺はティナを信じてる。
あいつは絶対来る。必ず間に合う。だからそれまで俺は二人を守って露払いをする。
構えた二振りの剣の間で、男が笑うのが見えた。
それは胸糞悪くなるような冷ややかなもので―――― 人を殺すことに躊躇いを覚えない、俺と同じ人種のものだった。