押しかけの援護

禁転載

目の前の若く見える二人が、魔女の関係者だってことは迷うまでもないよな。
この時期に魔法を使って暴力王女を狙ってきてるんだから、向こうの陣営で間違いないだろ。
でもってティナが言うには、向こうには凄い魔族が何人かついてるらしいんだって。
確かに男か女か、それとも両方か、髪の色や瞳からして普通の人間じゃないってのは明らか。

激しい金属音。間断ない応酬。
敵の男は、やっぱかなり強い。手首を狙って短剣を突き出すと、奴は後ろに大きく跳んで避けた。くそう、仕損じたか。
俺は短剣を握りなおしながら相手の様子を窺う。
さっきから毒刃で結構傷はつけてるんだけど、こいつ毒が効かないか効くのが遅いみたいだな。
せめてダイナ嬢と暴食王女を安全なところに避難させられればいいんだけど。
二人を庇いながらだとやっぱ限界がある。っていうかこのままだと全滅する!
今は相手の女が残る二人の武官をからかってる状態だけど、本気になられたらやばい。
俺はこの赤髪の相手するので手一杯だし。誰か、マジで気付いて!

「遊ぶな、ベルラ」
二人の武官相手にじゃれるように魔法を放ってた女は、赤髪に注意されてむっとなった。俺の方見て鼻を鳴らす。
「自分だって遊んでいるじゃない。それともお前、ただの人間に勝てないの?」
「個人の勝敗が問題ではない。レオノーラ様のご命令を遂行出来るか否かだ」
「出来るに決まってるでしょう? こんな何でもない奴らに」
「ならばさっさとやれ。目的の王女はまだ先にいる」
赤髪の指示に、女は不満顔ながらも「何か」をしようとする。
そのやばさを勘で感じ取ったのか、二人の武官は蒼ざめた。女に向かって剣を構えるけど、用心してか攻撃はしようとしない。
ってか、ちょっと待って! やめてやめて! これは詰む!
武官たちが負けたら、次俺が二対一だろ? さすがにそれは無理!
ここは何とか踏み止まってもらうっきゃない。俺は赤髪に集中する振りをしながら、後に回した右手で小さな球を取り出した。
硝子球の中に二種類の液体が仕切られて入ってるそれを、女の足下目掛けて投げつける。
狙い通りの場所へぶつかった硝子球は、小さな音を立てて砕け散った。中から白煙が上がる。
「なっ!?」
煙に驚いた女は、やりかけていた「何か」を崩してしまったらしい。
その隙に俺は投擲用の短剣を女の胸元目掛けて投げた。武官たちはそれを見ていたのか、剣を構えて突撃していく。
けど、これはさすがにやりすぎたっぽい。
次の瞬間、俺は自分に打ち込まれた長剣をスレスレで避けた。態勢を崩して地面を転がる。
―――― やばい、二人と離れちまった!
これで赤髪が俺にトドメを刺しに来てくれるような性格だったらよかったんだが、案の定、男はアマリア王女に向かって剣を振り上げた。



ダイナ嬢が王女を庇って抱き締めるのが見える。俺は短剣を投擲しようと手を上げた。
―――― 間に合えよ!
頭の中にあったのはそれだけだ。
やけに何もかもがゆっくり動いて見える一秒。俺の視線は自分の投げた短剣を追う。
振り下ろされる長剣。
短剣は、その剣身に命中した。剣の軌道が僅かに逸れる。
だが、足りない。
赤髪の剣は、ダイナ嬢の背中をこそぎ落とすように振りかかった。
駆け出した俺の手が届かない先で、刃が彼女を傷つけようとする。

しかしそこに、もう一振りの短剣が命中した。



普通の武官は使わない、投擲用の短剣。
それを投げた奴は、この場からしたらすっげ暢気な声で聞いてきた。別の短剣で赤髪を指す。
「ルー、こいつら何?」
「何って……」
見て分かんないのか、馬鹿ギュテ! でも助かった!
俺は赤髪に牽制の蹴りをくれて二人から引き離すと、呼吸を整える。
「何って、敵だろ」
「殺していいの?」
「いい」
頷くと同時にギュテの雰囲気が変わる。俺と同じ、あるいは俺が平和ボケして忘れちゃった空気が、奴を支配した。
赤髪の男が眉を寄せる。
「そうか、お前たち……」
その続きは分かるしどうでもいい!
周囲にはギュテだけじゃなくて、さっきの声を聞きつけたのか数人の兵士が駆けてくるのが見えた。
俺は改めて白髪の女の方を窺う。
あー……武官二人は、駄目だったのか。地面にうつ伏せになってて生きてるのか死んでるのか分からない。
にやにやと笑う女は細い指で自分の唇を撫でた。

一進一退の気がするけど、人手が増えたってことは選択肢が増えたってことだ。
俺は赤髪を警戒しつつ王女とダイナ嬢を振り返る。
何が起こっているのかまだよく分かっていないらしいアマリア王女は、まん丸の目で俺を見た。
「殿下、彼女と本営の方へ逃げてください」
「でも、貴方……」
「平気です。こいつらよりイリス殿下の方が怖いですから」
自分でも格好悪いと思う本音を口にすると、王女はちょっとだけ笑ったようにも見えた。
俺がダイナ嬢に頷くと、彼女は王女を連れてその場から離れる。
誰もそれを邪魔できないように、俺は短剣を構えて赤髪に向き直った。ギュテの軽い声が聞こえる。
「ルー、俺こっち」
「ああ」
自然と分担して白髪の女に向かったギュテは、ちょっとこの状況を楽しんでるようにも見えた。お前、真人間になりきれてないぞ。
まぁあいつは魔法士を殺したこともあるからな。何とかなるか……なるといいな。
ともかく俺は元通り赤髪へ。
弓兵がいるのか後ろから援護の矢が断続的に相手へと降り注いでる。間違って俺に当たらないことを祈るぞ!
けど王女がいなくなった分、ちょっと自由に動けるから! このまま勝てたら言うことなし!
赤髪の男は、短剣を構える俺に向けて言った。
「安い賃金の為に命を落とすか?」
「それなりに給金は貰ってるわ!」
見えないだろうけど一応俺、将軍位だぞ! 
でもって、俺に払われてる金は俺が戦うことへの報酬だ。そこに不満はないし、覚悟もある。
退く気はないと示す俺に、赤髪は剣を構えなおした。
……ってかやっぱ毒効かないのか? 急所を狙うしかないか。
俺は短い間に結論を出すと、何の前触れもなく地面を蹴った。
斬りつけて来る男の剣を弾き、懐へと入り込もうとする。
だが相手もその狙いは分かってたっぽい。巧みに体を斜めにして俺をいなした。
その隙に、俺は赤髪の上腕を狙う。

懐に入ろうとしたのは引っ掛け。俺の狙いは最初から右腕。
さすがに即死ものの急所をいきなりは取らせてくれないだろうと思って、まずは腕を使えなくする方を選んだんだ。
でもって俺の剣はほぼ狙い通り、男の骨の間を貫いた。
これで普通の人間ならまともに剣は振るえなくなるはず。俺は一応反撃を警戒して飛び退く。
男の指から剣の柄が滑り落ちるのが分かった。
背後からは、ギュテが何かしたのか女の長い悲鳴が聞こえる。
―――― あ、ひょっとして勝てそう?

そんな期待に捕らわれた時、「魔女」は現れた。



「まだなの?」
綺麗な声。
綺麗な女。
突然場の真ん中に現れた女に、俺は場違いって分かってて一瞬そんな感想を抱いた。
金の髪に緑の目。ティナとは正反対の明るい色を持つ魔女。
その女は、自分の配下をそれぞれ見やると不機嫌そうに眉を寄せた。赤髪の男が頭を下げる。
「申し訳ありません。レオノーラ様……」
「愚図。さっさとなさい」
きっつい言葉に俺がちょっと引いてると、赤髪は顔を上げて右腕を振った。
すると、そこにあった傷跡がみるみるうちに消えていく。
まるで時間巻き戻しているみたいに綺麗さっぱり、何もなくなった腕を、俺は唖然として注視した。あまりのことに顎が外れそう。
うん……………………そんなのあり!? 俺は激しく抗議したいぞ!
心の中で絶叫してると、「魔女」は倒れている白髪の女へと歩み寄った。
途中でそれを妨害しようとしたギュテが、大きくその場から跳ね飛ばされる。奴の体はおもちゃのようにずっと向こうの大木に激突した。
「起きるのよ、ベルラ」
「我が君……」
治癒してもらったのか体を起こした白髪は、感謝の表情から一転、憎憎しげな目でギュテの方を振り返った。
っていうかやばい! あいつ気絶してないか? 死んでないことを祈る!
白髪の女は汚れた服の裾を手繰り上げると、動かないギュテに向かって歩き出す。
女に向かって矢が射掛けられるけど、それらは全部空中で燃えつきた。
ちょっ、待て! ほんとにまずい! 起きろギュテ!
俺は駆け出そうとして、でも赤髪の手前動けない。今、変な動き方したらばっさりやられる!
何人か兵士がギュテに駆け寄って引き起こそうとしてるけど、多分あいつらじゃどうにもならなくて、もうほんと手詰まりで……
あああああああああ! もう色々待ってよ!



「楽しそうですね」
あいつの声は、場違いに林の中に響いた。
白髪の女が怪訝そうに足を止め―――― 直後、体を大きく痙攣させる。
信じられないって顔で目を見開いた女は、ゆっくりとその場で崩れ落ちた。
女の胸から直接心臓を引き抜いた「魔女」は、真っ赤なそれを地面に放り投げる。小さな足が真紅の臓器を踏み潰した。
金髪の魔女が目を見開く。
「お前……」
「お久しぶりです、レオノーラ」
黒い髪。同じ色の瞳。魔法着と肌だけが白い少女は、愛想よく笑った。
「楽しそうなので、私も混ぜてください」
ただそれだけの宣戦布告。
左手に短剣を持ったティナは不敵な微笑を見せると、動かない金髪の魔女に相対した。