妄想の結論

禁転載

た、助かった! でも遅せーよ、ティナ!
―――― って普段だったら言っちゃってたと思う。でも俺は、あいつの名前呼んじゃいけないって思い出して黙った。
その隙にあることに気付く。
あいつの白い魔法着の裾がちょっと焼け焦げてる。
他はなんともないんだけど、そこだけは明らかに何かがあった痕跡を残してて、それで分かった。
あいつは多分あいつで、今まで何かと戦ってたんだ。来るのが遅れたのはそのせいなんだろう。
俺の考えを裏付けるように、レオノーラって呼ばれた魔女は嘲笑する。
「どうしたのかしら今更。お前はずっと人形遊びをしているのかと思ったけれど」
「あんまりに退屈な人形だったので、壊してしまいましたよ」
「それは残念ね」
ティナはちらっと俺らの方を窺った。
む、何か言いたいのか? 分からないけど、あいつは無言で右手を振る。
詠唱はない。でも、何かをしてるってのは分かった。レオノーラが笑う。
「この国の人間を助けようと? 欺瞞ね」
「気紛れですよ」
「そうして、それがお前の殺した人間の代わりになるとでも?」
二人の魔女が何のことを言い合ってるのかは分からない。
でも今のレオノーラの発言で、ティナの雰囲気が少し変わったのは分かった。う、あいつ怒った?
俺が反射的に身を竦めると同時に、鼻先へ剣の切っ先が迫る。危ねっ! ちょっとぼけっとしてた!
スレスレで上体を反らして避けると、剣を引いた赤髪は冷たい目で俺を見てきた。
「余所見をする余裕はあるようだな」
ないです。すみません。

ティナはどうやら、この場から魔女を引き離そうとしているらしい。
魔法の弾幕を張りながら、少しずつレオノーラを向こうへ向こうへ押しやろうとしてる。
でもそれは相手も分かってるようで、レオノーラはあいつの努力がむしろ楽しくて仕方ないみたいだった。
ティナの防壁をすり抜けた炎が、弓兵の一人を直撃する。一瞬で燃え上がった兵士に、あいつは少しだけ傷ついたような顔になった。
ってか、今度は逆に人が多すぎるとまずい! あいつの足手まといになる!
俺は間合いを取って立ち位置を変えると、魔法の熱風を避けた。赤髪の剣を弾いてその隙を窺う。
出来れば他の奴らに逃げるように言いたいけど、俺だけ残るってのも不審だしな! 困った!
さすがにあいつに二対一はさせられない。最低でもこの勝手に傷治る男だけは何とかしないと。
うー、何とか出来ないかな。話しかけられないから相談も出来ない。えーい、ティナ! 俺の心を読め!

―――― 焦ってもよくない。
俺は意識を集中すると、動きの速度を一段上げた。
相手の剣を避ける、防ぐ、その動作自体を速めていく。出を潰して行動を奪い、選択肢を狭めていく。
こういっちゃなんだけど、俺は近接戦闘において自分より速い人間に出くわしたことない。
そして赤髪もやっぱり、俺の速度についていけないみたいだった。鉄面皮みたいな顔にちょっと困惑が見える。
あとはどうやってこいつを殺すかなんだけどなあああああ!
剣同士の押し合いになりかけて、俺は赤髪の足を蹴った。相手が下がって間合いが開いた時、辺りに強い風が吹く。
吃驚してティナの方見ると、あいつは自分を中心に何かをしようとしてるみたいだった。
すぐに空間に歪みが現れる。
生まれたでっかい鏡みたいなものが、あいつの目の前にいた魔女を飲み込み広がった。あ、あれ、転移魔法か!
赤髪の男が顔色を変えて走り出す。奴はティナじゃなく、真っ直ぐ鏡に向かうとそこに飛び込んで消えた。
ティナの目が残った奴らを見渡す。
「死の覚悟がある者だけ来い」
うん……それ俺に言ってるだろ? 分かってる。
俺は迷いなく鏡に向かって走った。あいつとすれ違う一瞬、ふっと笑われた気がする。
まったく、持つべきものは以心伝心の同居人だな! あと分かってると思うが俺はネギが嫌いだ!

そして俺たちは、場所を変えて再び魔女に相対した。



鏡を越えてきたのは、俺だけじゃなかった。
何人かの武官や兵士、弓兵が意を決してついてきたんだ。
転移魔法を初めて経験する奴らは突然荒野に出たことに驚いたみたいだけど、そんなことを言ってる場合じゃない。
空に浮かんだレオノーラは、俺たちを見ると楽しそうに手を叩いた。
えーと、喜んでるってことか? それ? 
でも手を一叩きするごとにまわりにぽんぽんとでっかい狼っぽいのが現れてるんだけど。
息を飲む武官たちは、けどさすがに「死の覚悟」があるだけあって、それぞれ狼に向けて武器を構えた。
そんな中、俺は狼の一匹と、その向こうにいる赤髪に狙いを定める。
赤髪は手に持っていた長剣をおかしな形の弓に変形させて、上空にいるティナを射ようとしていた。って何してんだ、お前!
俺はすぐさま武官たちの輪の中を抜け、狼へと向かう。牙を向いて跳びかかってくる顎を、皮一枚で左にかわした。
すれちがいざま短剣を右の眼窩目掛けて深く突き刺す。
聞こえたのは耳がおかしくなるくらいの咆哮だ。でも、それに構ってらんない。
俺は数歩で赤髪の背後に追いつくと短剣を振り上げた。奴は振り返って弓の弦で剣を弾く。
ぬおおお! なんだその弓! 今、キーンって音がしたぞ!
つってもそれ、元々長剣だからな。もう人外訳分かんない。
赤髪は弓を元通り剣に戻しながら、俺をじろじろと眺めた。
「まだ抗うつもりなのか」
「当たり前!」
ってかここで逃げ帰ったら後でティナに殺されるかイリス殿下に殺されるかだろ! 
どっちに転んでも死ぬしかないって、何なの俺の人生。
…………でもなぁ、たとえそうじゃなくても、お前はダイナ嬢を殺そうとしたんだ。
ちょっと痛い目見せてやらんと気がすまん! 俺が日頃食らうお仕置きを味わえ!

上空ではティナが魔女とやりあってるのか、さっきから爆発音が響いてる。
負けてないよな? とりあえず俺がこの男をしばき倒すまでちょっと待ってろ!
俺は息つく間もなく斬りこんでくる長剣を捌いて、更にその速度を上回る。
相手を追い込みながら隙が出来るのを待つ。待ちながら考える。
えーと、毒は効かない。傷は治る。武器は固い。
どうすりゃいいんだ? どうすりゃこいつを無力化出来る?
多分、こいつと俺は体力がかなり違うっぽい! 長引いたら負ける! 何とかしないと!
俺は突き込まれる剣を、体を斜めにして避けた。
そうしながら赤髪の右腕を見た時、ふとあることに気付く。
こいつ、さっきから細かい傷なんかはすぐ治るんだけど、右腕を深く刺した時は自分で腕を振るまで治らなかったんだよな。
それってつまり、深手の場合は「治すぞ」って意思がないと治らないってことなんじゃないか?
俺は赤髪の頭を見上げる。くそう、身長あるなこいつ。
でもちょっと試してみる価値はあるだろ。―――― 頭を狙えば思考出来なくなって治せないかもって。

上での余波なのか、でっかい氷柱が降ってくる。
俺は地面に突き刺さるそれを避けると、短剣を弓兵食ってる狼へ投擲した。
代わりに即、別の剣を抜く。細い貫通用の短剣。扱いが難しい突剣だ。でもこれでいい加減何とかする!
切羽詰った時間。
戦ってる時は、頭の奥が痺れてるような感じ。
考えは回ってるんだけど、まったく何も考えてないようにも、同じところを回ってるようにも思える。
たとえばそれは、どうやって赤髪の頭に剣を突き刺すかってことだったり、今ダイナ嬢はどうしてるかなってことだったりする。
ティナとあの魔女は何で仲が悪いのかってことだったり、あいつは人間嫌いなのか好きなのかどっちだ、ってことだったりもする。
でもそういう考え全部を裏切って、体だけは動き続けるんだ。
俺はそうやって生き抜いて、殺し続けてきた。
これからもそうあり続けるだろう。


俺は相手の懐に向かって大きく踏み込んだ。
振るわれようとしていた剣の根元近くを狙って、強くそれを弾き上げる。
赤髪は態勢を崩してよろめいた。
俺は奴の側面に回り、毒刃でその喉を切り裂く。
間を置かずこめかみに細い短剣を突き刺した。力を入れて奥までねじ込む。
普通の人間なら即死ものの攻撃。
赤髪は目を大きく見開いた。驚きの顔で俺を見て……その場に倒れこむ。


その後はもう、ひどく疲れてたことしか覚えてない。
俺は近くに転がっていた弓矢を拾って、その矢に見覚えのある紋様が刻まれてるのを見つけた。
魔法矢……禁制の品ってやつだな。どうやって弓兵がこんなものを手に入れたか知らないけど、これはありがたい。
俺は弓を番えて上空を見上げた。二人の魔女、そのうちの一人に狙いを定める。
必死で戦ってるらしいティナは、服もあちこち破れてずたぼろだった。
―――― うん、ちょっと待ってろ。もうすぐ終わる。
放たれた矢。
魔女に向かったそれは、ティナ以外を警戒してなかったのか、あっさりとレオノーラの脇腹に突き刺さった。
そして生まれた隙をあいつは見逃さない。だからこれで終わりだ。
疲れ果てた俺は弓を下ろし息をつく。

殺したと思った男に、後から胸を一突きされたのは、その瞬間のことだった。






「……というわけで、ルーヴィニス将軍は我が身を犠牲に悪の魔法士を倒し、英雄となられたのです」
涙ながらに語るラキに、いつもの「あーまたやってる」という視線が集中する。
でも武官たちは誰一人突っ込もうとしない。突っ込めよ! 俺生きてるだろ!
仕方ないから俺は自分で突っ込むことにした。後ろからラキの頭を殴る。
「生きとるわ! 妄想もいい加減にしろ!」
「ゆ、幽霊!? ルーヴィニス将軍、恨みのあまりこの世に舞い戻っていらっしゃったのですか!」
「生きてる生きてる! 大体恨みって何だ!」
「致し方ありません。生前の恩返しもこめて、私が将軍を送り返して……」
「剣抜くなバーカ! 誰か止めろ!」
そう叫んではみたものの、ユアンとかにやにやしながら剣抜きやがった! 
お前、裏切ったな! ユアンが味方だったことなんてほとんどないけど!
これは形勢が悪い! 俺は詰め所を飛び出す。
そのまま城の方に逃げようとして、途中ギュテとすれ違った。後からラキが叫ぶ。
「ギュテ殿! ルーヴィニス将軍の亡霊を退治するので手伝って下さい!」
「殺していいの? 分かった」
「お前らが死ね!」
これ、怪我魔法で治してもらってなかったらすぐ捕まってるぞ! あいつら俺を何だと思ってるんだ!
俺は城の中に逃げ込むと、適当な物陰で息を潜める。
何だかどんどん外が騒がしくなってるのは気にしない。もうほとぼりが冷めるまでずっとここにいよう。
そう思って箱の陰でしゃがんでると、足音がして誰かが近づいてきたきた。白い手が目の前に差し出される。
「ルーさん、どうかされたんですか?」
優しい声は、俺の大好きな人のものだ。
ああ、この手を取ったらきっといい気分になって、油断して、また奴らに見つかってひどい目にあうんだろうなーなんて考えながら―――― 俺は、彼女の手を取った。