将軍と黒猫

禁転載

魔女と戦ってから二年は、あっという間だった。
結局あの時のことはほとんど明らかにされなくて、相手が「魔女」だったってのも一部の人間が知ってるだけ。
俺は、敵が雇った魔法士相手に善戦して打ち勝ったってことになってるし、内戦もイリス殿下の勝利で終わった。
おまけに近いうちに暴力王女は女王になるんだと。怖い怖い。

胸を刺されて瀕死になった俺は、戦闘がどういう決着を見たのか知らない。
結局相手の魔女がどうなったのか、ティナは教えてくれなかったんだ。
ただ「勝ちましたよ。多分、二度と貴方の前には現れません」って言ったくらい。
うーん、すっきりしないけど、もうあんなきっつい戦闘はごめんだからな。ティナがそう言うならそれでいいんだろう。

そっからの二年はほんといつも通りで、適度に平和で極度に苛められた。
あの、俺もいつまでも若くないんでほどほどにして欲しいです。そのうち死んじゃう。
で、苛められつつもそれなりに毎日は幸せで、俺はある日、ティナに言った。
「というわけで、ついにダイナ嬢へ申し込みをしてみようと思う!」
「何のですか。果し合いのですか?」
「お前、いっぺん捌くぞ」
牛歩みたいってヴァイロには言われるけど、俺は俺なりにダイナ嬢と仲良くなれたって信じてる!
だからそろそろ、そろそろ! 申し込んでみてもいいんじゃないですか!? 第一回目の求婚を!
「……第一回って、何回までする予定があるんですか?」
「と、とりあえず五十回くらいは……」
「ああ、相手の精神が病むまで待とうって作戦ですね」
「違うわ! 普通に求婚したいから助言をくれこのやろう!」
テーブルを叩きながら懇願すると魔女は憐れみの顔になった。
お前、いつまで俺をそんな目で見るつもりなの。そろそろ見逃してくれ。
ティナはお茶を一口飲むと、ふーっと息を吐き出す。
「仕方ないですね。貴方の一生がかかってますから」
「お願いします」
額をテーブルにこすり付けて頼み込む。
ふっ、俺の懇願技能にも磨きがかかってきた! これだけは誰にも負けない自信がある!
そんな風に思ってると、ティナは「まずお茶淹れなおして来ます」と席を立った。
俺は何となく気になって、その背に声をかける。
「あ、結婚しても、お前の部屋はそのままでいいからな!」
「結婚出来ないでしょうから心配していません」
本当に助言する気あるの!?
泣きそうになった俺は、でも涙を堪えて我慢すると、その日は遅くまでティナの特訓を受けたのだった!



翌日約束の場所に来てくれたダイナ嬢は、文句ないくらい美人だった。
もう輝いてるね! 太陽がなくなってもダイナ嬢がいるなら問題ないね! 
ただ問題があるとしたら俺が覆面被ってるってことなんだけど……ダイナ嬢に希望されたんでなきゃ泣いてます。
そんなんで(俺のせいで)極めて不審な二人は、人目を浴びながら食事をして、その辺をぶらぶら散歩した。
日が徐々に落ちてきた夕暮れ、人通りの切れた隙を狙って、俺はついに懐からメモを取り出す。
「ダダダダダイナ嬢!」
「はい。何ですか?」
うっ、眩しい笑顔で切り出しにくい。
けどティナが用意してくれたメモがあるからな! 頑張って読み上げるぞ!
そんなものに頼ってる時点で男として駄目とか言わないで。
震える声で俺はついに切り出した。
「お、俺と、よかったら、犬を飼うような気分で、一生一緒に……暮らして、頂けません、か」
―――― ティナ! お前、これ微妙だぞ! 犬の部分入れる意味あったのか!
すぐ後ろに「まぁ第一回目ですし、軽く笑ってもらう感じで」って書いてあったがもう知らん!
帰ったら泣きながら説教してやるわ!



だけどダイナ嬢はにこにこと笑って……
「私でよければ勿論」
って言ってくれたんだ。
え、何。これ夢? 俺、ひょっとして死んでる?
思わず自分の指の骨を折って確かめてみたくなったけど、嬉しそうな笑顔のダイナ嬢は、黙ってその手を繋いでくれた。
なんかもう、死ぬかと思った。






その後はもう挙動不審の限りを尽くしたんだけど、ダイナ嬢を送っていった時、言わなきゃって思ってたことは言った。
「うちには人間嫌いの同居人がいるけど、あれでいい奴だから……」って。
ティナはあんなだけど、あれで根は優しい奴だし、ダイナ嬢は女神みたいな人だからそれなりに上手く付き合えると思う。
あいつが嫌がったら隣の家買いなおしたっていいんだし!
でもやっぱ難しいかな……って思ったらダイナ嬢は「お会いするのが楽しみです」って言ってくれた。
やった! これで後は、あいつを紹介するだけだ!
って思って弾みながら家に帰ったら……その時もうあいつはいなかった。



部屋の中は空っぽだった。
すっきりさっぱり何も残ってない。まるで誰も住んでなかったみたいに。
その有様から、あいつがもっとずっと前から準備して出て行ったんだってことが分かった。
俺は人気のなくなった自分の家を、呆然と見て回る。
あいつの痕跡はどこにもなかった。
三年も一緒に暮らしたのに、ほんとに何ひとつ残ってなくて―――― 俺は長椅子に座ると、久しぶりに声を上げて泣いた。



あいつがどこから来たのかとか
何で魔女になったのかとか
人間のこと嫌いなのか、好きなのかとか
結局俺は何も知らないままだった。

知ってるのはいつも不機嫌そうだったってことや
寝起きが悪いくせにしょっちゅう寝てるってこと、
意外と家庭的で努力家で、実は優しいってことで……
結局あいつは、淋しがりやの、ただの人間だった。


馬鹿な奴。俺、お礼の一つも言ってないだろ。
言わせろよ。やな奴だな。






泣きながら眠った俺がその晩見た夢は、変な夢だった。
見たこともないどっかの庭で、あいつが笑ってる夢。
すっかり大人の姿になったあいつは知らない男と並んで歩いてて、子供たちがその周りをはしゃぎ回ってた。
―――― なんだ、ちゃんと幸せになれるんじゃないかって、思った。






日陰の暮らしから抜け出して、夢だった家を買った俺は、三年間だけ猫と暮らした。
今ではうちに奥さんも子供もいて、なんか嘘みたいに幸せだけど、俺は時々その猫のことを思い出す。
まったく予想外で毎日が命がけだったけど、あれはあれで悪くない毎日だった。
気紛れな黒猫は今日も、どこかで元気にしてるんだろう。



End