返事がない。 ただのしかばねのようだ

禁転載

人生において土の味を知る機会は、子供の頃の泥遊びくらいしかないのが幸せだと思う。
つまり、いい年こいて俺みたいに畑に埋められて土を味わってるとかは不幸。口の中がじょりじょりするし。
「おおーい、ティナ。出してー」
試しにか細い声で呼んでみたけど、俺をここに埋めてったらしい魔女は現れない。
え、お前、何処行っちゃったの!? 人を畑に埋めていなくなるってのはルール違反だろ! ちゃんと見張ってろ!
それにしても……ネギ畑を選んで埋めてくあたり、かなり怒ってるみたいだな!
顎先までを垂直に畑に突き刺された俺は、ネギが揺れる周囲を見回す……見回したくとも動けない。
うう、匂いがきついぞ。気分悪くなりそう。
ティナ、俺が悪かった。悪かったからそろそろ出して。トイレ行きたくなる前に。

うちの無愛想な魔女が怒ってるってのはいつものことなんだけど、っていうかむしろ常に怒ってるんだけど、それでもたまーに真剣に機嫌が悪くなることがあったりする。
今日とかもそうで、俺が不注意であいつの部屋にあった花瓶を割っちゃったんだよな。
何かやけに煤けて口なんかも欠けた花瓶だったけど、大事なものだったんだろう。悪いことした。
でも俺はそこまで大事なものとは思わなくてかるーく謝っちゃって、気付いたらこれですよ。
まさか魔法の一撃で気を失うとは思ってもみなかった。さすが猫でも魔女。
……うん、そろそろ本当に出して。さっきから頭上をカラスがうるさいんだ!
反省した! ちゃんと反省したから!



「あれ、生きてるんですか」
どうでもいいような声が頭上から降ってきたのは、それからしばらくしてのことだった。
俺は目の前の細い二本の足を見やる。いや、怒られてる時は相手の顔見た方がいいとは思ってるんだけど、この角度で見上げたら俺、人として大事なものを失いそうだからな!
というわけでむしろ額を土にこすりつけてみた。そんなに曲がらないから気分だけ。
「ごめんなさい。反省しました、魔女様」
「さっきは何の返事もないから死んだかと思って埋葬したんですが……そうですか、生きてるんですか」
「いや待って。お前、俺が本当に死んだらネギ畑に埋葬するつもりなの?」
「死んでまでネギと一つになれるんだから本望じゃないですか。ネギの肥やしさまさまですね」
「頼むからそろそろ俺がネギ嫌いってことを認めてくれ! 死体でもこの扱いは嫌だ!」
どうせ埋めるならもっと別のところにしてください。ネギ畑の持ち主も死体が埋まってたら迷惑だと思うから!



上から小さな溜息が一つ聞こえる。
遅れて指を弾く音がして、俺の体は空中に放り出された。
反射的に一回転して着地すると、ティナは呆れた目で俺を見てる。
っていうか、普通に掘り起こされると思ったらすげえ! 埋められた時もこんな一瞬だったのか!
そりゃ埋められても仕方ないな! って自分でも何言ってるのかよく分からない。
俺は泥だらけの手を払うと、改めてティナに向かって頭を下げた。
「ごめんなさい。もうしません。もう勝手に部屋にも入りません」
「別にいいですけどね」
「あとあの花瓶、責任もって直します」
「いいです。もう捨てました」
「え」
「いいんです。所詮過去のものですから」
ティナはまるで投げやりに、でも少しだけすっきりしたように言い捨てると踵を返した。
家の方に向かって歩き出すあいつの後ろを、俺は何となくついていく。

うーん、多分こいつにも色々あったんだろうな。
何となくティナの肩をぽんぽんしたくなったけど、この泥んこの手でそれしたら余計怒られそうだ。
それにきっと、誰しも触れられたくないことがある。放っておいた方がいいんだろ。
俺の役目はネギ畑に埋められたことで終えた、と思いたい。まだこれからお仕置きが待ってたらどうしよう。



家に帰って出された夕飯は、俺の好きなものばっかりだった。
やっぱり何考えてるか分からない奴だ。
でも次は怒らせないように気をつけとこう。一緒に住んでる奴と喧嘩するのは楽しくないからな!