もしもVoidが○○だったら

mudan tensai genkin desu -yuki

肩の奥がじくじくと痛む。
毒矢を受けたそこは、内側から徐々に腐ってきており、異臭が彼女の嗅覚を麻痺させつつあった。
シェライーデは朦朧とした意識で、男の服を掴む。
揺れる馬上で彼女の体は、男の背と鞍にしっかりと結わえ付けられており、それはゆっくり死へと近づいている彼女にとって最後の命綱とも言えるものだった。少女は掠れた声で呟く。
「タウトス……追いつかれそうに、なったら、私を囮にして……」
「馬鹿なことを仰らないでください、アルタ・ディティアタ。もう少しのご辛抱です」
自分の護衛役でもある男の声に支えられ、シェライーデは力なく目を閉じた。
今は何も考えることが出来ない。ただ小さな願いが叶えられるなら、一目「彼」に会ってみたかった。



冷たい何かが、顔の上を撫でていく。
それは汗ばんだ額を、首筋を拭い、眠っている彼女の気分を軽いものとした。
何処から来るか分からぬ風が濡れた箇所をくすぐる。シェライーデはその感覚に揺さぶられ目を開けた。
うっすらとぼやける視界に、誰かの姿が映る。
「アルタ・ディティアタ!」
「…………エナ?」
物心ついた時から傍にいた相手。深い繋がりを持つ少女が、シェライーデの手を取った。彼女は大きな目をゆっくりと彷徨わせる。
焦点があってくるにつれ見えてくるものは、見知らぬ部屋の白い天井だ。
シェライーデは微かな声で問う。
「ここは?」
「リサイです。私たち、国境を越えたんですよ」
「リサイ……?」
それはずっと行きたくて、だが叶わなかった隣国の名である。
シェライーデは現実を認識すると、右手に力を込めた。魔力が戻ってきていることを確認し、少しずつその力を制御する。
魔法によっては解毒出来なかった肩は、しかし今は大分痛みが薄らいでいる。
シェライーデは各所に残る傷を癒しつつ、エナの手を借りて上体を起こした。白い布が巻かれただけの己の体を見下ろす。
「私、生きてる?」
当たり前の問い。当たり前の確認。
けれど二人の少女にとって、それは奇跡のようなものだった。
エナは感極まったのか、シェライーデの膝に縋り付いて涙を零す。その頭を彼女は万感の思いで撫でた。
己の幸運を噛み締めた少女は、ふと窓の外の景色に気付く。
何処までも広がる荒野。それらの意味する場所は一つだ。シェライーデは自分の胸が跳ねるのを感じた。
念の為この城の名をエナに確認しようとした時、けれど一瞬早く扉が軋んで開く。
そこから姿を現した男は、起きているシェライーデを見て「ああ」と微笑した。
「気がついたのか。よかった」
「あ、あ、あの……」
そこから先を、上手く言葉にすることは出来ない。
少女は真っ赤になって胸の前の敷布を掴んだ。
彼はその理由に気付かないのだろう。部屋の中に入ってくると、無造作にシェライーデの額に手を当てる。
「熱が出たか? 解毒薬はネズが作っているから、毎日欠かさず飲むといい。二週間も養生すれば治るそうだ」
「あ、ありがとう、ございます、あの」
―――― これほど身長が違うとは思っていなかった。
大きな手も、温かな微笑みも、青い瞳も想像していたよりずっと強く彼女の心を惹く。
シェライーデはそれ以上男を直視できずに、消え入りそうな声で再度お礼を言うと、敷布に顔を埋めた。
ルースはそんな少女を不思議そうな目で見ると、自分の豹に似た黒い頭を何となく撫でておいたのだった。



シェライーデの回復は早かった。
もともと優れた神職である彼女は、魔術の使い手としても突出しているのだ。
解毒薬によって毒の効果が薄れていくと、少女はすぐにも出歩けるようになった。
そしてその足で彼女はルースのところに行くと、祖国を解放する為の協力を要請したのである。
普段であればやすやすとは受け入れられない頼みであろうが、ルースも城都との関係上、その申し出が一つの好機と判断したらしい。城をあげてノイディアの解放に協力することを約束してくれた。
今は敵の手によって封鎖されているという山道。そこへと向かう途中、馬に乗った少女は隣を行くルースを見上げる。
「あの、ルース様」
「様はいらない。呼び捨てでいい」
「では……ルース」
「何だ?」
「もし、これが終わったなら、どのようなお礼をすればよいかと思いまして……」
既に王が謀殺されている今、次の王権を預かるべきは彼女である。
その為、本当は成功時の報酬について、もっと事前に詰めていなければならないのだが、今は危急時とあって「後でいい」というルースの好意に甘える形になっていた。
シェライーデは迷いつつも、憧憬と恋情を込めた目で男の横顔を見つめる。
「ルース……は、将来のノイディアからの協力が欲しいと仰いましたが、それをもっと確実な形にすることも出来ます」
「というと?」
「わ、私を妻にしてくださるとか……」
「ぶっ」
背後から男の噴き出す声が聞こえる。
シェライーデはそれがラノマの声だと気付いたが、彼はどちらかといえば協力者だ。彼女は涙目になりつつも背後のことは無視することにした。期待と不安で倒れそうになりながら、ルースの答を待つ。
彼は目を丸くしてシェライーデを見下ろした。愛らしくも美しい少女をまじまじと眺めると、笑ってその頭を撫でる。
「そうだな。ありがたい話だな。あと三年経ってまだお前の気が変わらなかったらその時はお願いしよう」
「………………」
「殿下、婚約だけでも今してあげればいいじゃないすか」
「おいおい。あんまり子供を苛めるな、ラノマ」
「………………」
―――― 苛めているのはどっちだ、と周囲の全員が思う中、シェライーデはがっくりと項垂れる。
子供扱い、よくてリグと同列にしか見られていない彼女は、内心半泣きでありながらその後彼を支えて、無事祖国の解放を果たしたのだった。






おまけ
「ルース、結婚してください!」
「もっと大きくなったらな。最低でもあと三年」
「あと三年あったら三カ国は滅ぼせます!」
「……それは協力なのか? 脅迫なのか?」