縫われた夜 14

禁転載

広間に並べられた貢物の数々。その前で頭を下げる隊商の長は、ルースにとって既に見慣れた光景の一部である。
特別な感慨を抱くこともなければ、そこに驚きがあるわけでもない。
彼は椅子の肘掛に座りながら、行商の一環として広げられていく品々を見下ろす。その中にふと初めて見る紫の果実を見つけて興味を抱いた。白い大皿に積まれた実を指差す。
「それは何だ?」
「チチルといいます。南の国で取れる甘い果物でして。これは乾燥させてあります」
「少し貰おう」
「かしこまりました」
選択を迫られた窮地を押し隠すウィリディス城には、この日もリサイの王都へ向かう一団が訪れている。
ランバルドから来てリサイを通り、東へ向かうという一行は、今までも何度かこの城を訪れたことのある顔馴染みであった。
最初の時に賊に襲われていたところを救った為か、長はルースに好意的であり、城を訪ねてくる度に珍しい物を贈ってくる。
ルースはその長の手から小さな皿に盛り分けられた果実を受け取ると、一粒を椅子に座るリグへと与えた。そうして自分も口に入れ、初めての味を楽しむ。
「何処の国で買ったんだ? 珍しいものなのか?」
「クカという小国でして。今までは立ち寄ったことのない国だったのですが、いつもと違う街道を選びましたので、そこを通ることとなりました」
「街道を変えた? 何故だ」
「ノイディアを避けたのです」
長の言葉にルースはそ知らぬ顔で頷く。
そもそも話の切っ掛けにと思って果実を買ったのだが、ちょうど関係する話だったようだ。
彼はリグが鼻をこすりつけてきたのでもう一粒を豹の口に押し込んだ。
「そういえばノイディアが商人を締め出していると聞いたが、事実なのか」
「そのようでございます。
 一時期は武器や人を集めている方がいらっしゃいましたので、きなくささを感じていたものですが、内で何かが起こったのやもしれません」
「ほう? 面白いな。どんな人間なんだ?」
長の口ぶりはまるでその人物を実際知っているようである。
ルースが水を向けると、彼はにっこりと如才ない笑顔を見せた。
「さて、どのような方でしたでしょうな。最近年のせいか記憶が曖昧でして。
 ―――― カレン、来なさい」
「はい」
呼ばれて進み出たのは十代後半の少女である。舞姫見習いといった様相の彼女は見目も愛らしく、しかし年齢以上の艶めいた目で微笑んだ。
彼女はルースの前に立つと流麗な仕草で礼をする。その様を彼は苦笑して眺めた。
「情報を夜伽の女ごと売る」という手法はよくあることだ。
閨房内であれば怪しまれずに内密の話が出来る上、はじめから女に伝える情報を制限しておけば、意図した以上のことを洩らしてしまう心配もない。
女自体を貢物として加える意味もあり、隊商や旅芸人など一つところに留まらない者たちがしばしば取る手段である。
しかしルースはそれを分かった上で長に向かって軽く手を振った。
「いい。女は間に合ってる」
「では……」
「それよりお前と話がしたい。秘蔵の酒を開けよう」
直接話が聞きたいとの要求に、長は一瞬探るような目をしたが、すぐに笑顔に戻ると「わたくしでよろしければ」と頭を下げた。
機を見るに敏な商人であるからして、ルースと取引をする気になったのだろう。
情報料は高くつくかもしれないが、今はとにかくそれが必要だ。ルースはリグを伴うと長を自室へ招いた。






酒瓶が空になるまでの時間をかけてルースが得た情報は、半分が既に知っていたことの裏づけであり、もう半分が新たな事実であった。
下がらせた隊商の長と入れ違いに、ヴァーノンとラノマ、そしてノイディアの二人を部屋に招きいれた彼は、かいつまんでそれらの情報を伝える。
一通りを聞くとヴァーノンは感心したかのように声を上げた。
「ルクサという男は随分辣腕のようですね。それだけ素早く国を乗っ取ってしまうとは」
「どうせノイディアの人間が平和惚けしてたんだろうよ。地の利に頼ってほとんど攻め込まれたこともないんだから」
「なんですって!?」
祖国を揶揄され立ち上がったのはノイディアの少女である。
エナという名の彼女は、神職の一族としてこの場に呼ばれたのだが、どうも血の気が多い性格らしく、今も隣の男に留められていた。
ラノマはその反応を鼻で笑う。
「殿下、まさか女は間に合ってるってこの頭に血しか詰まってないようなガキが相手じゃないですよね」
「……その形容はともかく、違うな」
「ですよね。殿下の好みってもっと大人びてて場を弁える頭のある女ですもんね。あと黒髪がお好きでしょう」
「何でお前がそんなことを把握してるんだ? あとどさくさに紛れてあてこするのはやめとけ」
「なんって失礼な男なの!? これだから剣しか能のない野蛮な人間は嫌なのよ!」
「エナ、お前も失礼だ……」
ラノマとエナは睨みあったまま、場の空気を完全におかしなものにしてしまっている。
これでは協力するどころかまず話が進まない。
立ち上がり今にも口論を始めそうなラノマをヴァーノンが、エナを元武官の男、タウトスがそれぞれ引き剥がそうとした。
その時ルースが軽く溜息をついて、部屋の奥に声をかける。
「シェライーデ、来い」
暗い室内によく通る響き。
男のその呼び声に応えて、闇の中から一人の女が現れる。
長い黒髪、黒いドレスを纏った彼女は闇色の目で一同を見回すと、ルースの隣に立った。
月光をそのまま人の形に為したかのような静謐。波立った場が一瞬にしておさまる。
波紋のない闇夜の湖の如き空気をもたらす彼女に、ヴァーノンは唖然として彼女を見つめ、ラノマは口笛を吹きたそうな顔になった。
男たちがそれぞれの沈黙を守る中、エナだけが顔色を変えて飛び上がる。
「アルタ・ディティアタ! 本当にご無事で……!」
感極まって飛びつきかねない少女の言葉に、リグは微苦笑を返した。その彼女の体をルースは抱き取ると隣の椅子に座らせる。
「さて。じゃあ話をしたいんだが、いいか?」
この場で一番の決定権を持つ男の問いに、全員は元通り自分の席に座ると姿勢を正した。
こうして国を異にする数人は、利害をすり合わせる為に秘された談話を開始したのである。



隊商の長がもたらした情報は、ルクサの人となりと買い集めていた軍備、そして現在の街道封鎖状況である。
五十代も半ば過ぎでありながら怜悧な若々しさを持つというルクサは、権勢欲に滾っているというより、非常に進歩的な考え方の持ち主で、常々ノイディアの体制を否定していたらしい。今回のことも三年近く前から準備を整えていたらしく、それを聞いてエナとタウトスは驚きを顕にした。
「まさか……全くそんな素振りはなかったわ」
「お前たちがぼんくらだから気付かないんだろ」
「ラノマ!」
横合いからヴァーノンに腹を殴られ、ラノマは声も上げずに悶絶する。
その様をリグは何とも言えない表情で見やったが、あえて流すと話を再開した。
「ノイディアでは貴族は政にほとんど関わりませんからね。自分の領地にこもっていれば、何をしているかは広まりにくいんです。
 それでもルクサが度々、陛下の甥に接触していたという話は、密かにですが噂になっているようでしたよ。
 その結果が今回ですから。無用心だったのは事実ですね」
「アルタ・ディティアタ……」
本来はただ一人を指すその称号は、ルクサがことを起こした際にリグの両親もまた犠牲になった為、今は必然的に彼女を指す言葉となっている。
リグ本人は幼い頃、彼女自身の魔力を使ってルクサに魔術をかけられ国を追い出されたというのだから、ルクサへの警戒心の薄さに思うところもあるのだろう。白い指で女はこめかみをつつく。
「こう言っては何ですが、私はルクサの考え方自体は賛同できるんですよ。
 ノイディアでは神職が重要視されているといっても、その力が外部の血に頼らなければ保てないことは事実ですから」
「で、でも、アルタ・ディティアタ」
「まあ聞いて下さい。神職の政からの離脱はいずれノイディアに訪れる変化なんですよ。
 神職には預言の力もほとんど残っていない。代わりに学問によって天候予測を立てようという動きがありますが、それも完全ではないです。
 やがて民もそのことに気付くでしょう。そうなればもはやアルタ・ディティアタが今の位置に居座り続けることは出来ない。
 ノイディアには新しい体制が必要となってくるはずです」
「それがルクサの行った改革だというのですか?」
動転する少女よりも、武官の男はずっと冷静であるらしい。
リグはタウトスの相槌に苦笑した。
「ルクサの選んだ手段は、速度を重視し他を無視した手段です。
 たとえば彼の手腕であれば、傀儡を使わず国政を支配することも出来たと思うんですよ。
 でも実際は傀儡が立てられ、今まさに暴虐を振るっている。……これはどういうことだと思いますか?」
女の問いにルースが答える。
「民自身に今の王家を捨てさせようということか? 無茶なことをするな」
「と、私も思います。ですがその可能性が一番高いです」
王の無能さと圧政を存分に味わわせ、その後に王を廃し自らが支配者の座につく。
政の手腕が自信に相応しいものであるのなら、ルクサは圧政からの解放、傀儡との落差を以って民の支持を勝ち取ることが出来るだろう。
汚名は傀儡に着せてしまえば済む。そして改めて、政から関係ない位置に信仰を置き、見せ掛けの尊重を与えればいいのだ。
暴虐によって国は一時的に疲弊するだろうが、民の意識を強引に変えさせるには手っ取り早いだろう。
ルースは頷くとリグの髪を引いた。
「それで、お前から見てルクサのやり方はどうだ? 満点を与えられるか?」
有能な個人による改革。その一つである今回の件は、彼女の評価を得ているのか。
恋人の意を問う言葉にリグは辛辣な微笑を浮かべた。
「論外です。壷の水を変える為に中の魚を殺してしまっては意味がない。
 ルクサは傀儡に暴虐を許した時点で、民の上に立つ資格がありません」
きっぱりと言い切ると彼女はテーブルの上に手を伸ばした。広げられた地図、その上に駒の一つを乗せる。
「だからこの際、彼の出番を削ってやりましょう。あつらえられた舞台、私が貰います」
彼女が軽くつついた駒は王に相当する黒い石だ。それがノイディアの王都に置かれたのを見て、ルースは不敵に笑ったのである。